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第32回 第3回定期演奏会 各曲について(その1)

第3回定期演奏会曲目解説シリーズ

その5

ニコラ・ゴンベール「至高のジュピターの子、ミューズよ」

ハインリヒ・シュッツ「それは確かに真なる」

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ「御霊は我らの弱きを強め給う」BWV 226

 

 今回から数回に分けて、第3回定期演奏会で演奏する予定の各曲についてお話させていただこうと思います。

 第1回目の今回は詩編モテットの中から「グレゴリオ聖歌」、「ピエール・ド・ラリュー」、「ルードヴィヒ・ゼンフル」について解説します。

 

グレゴリオ聖歌 復活徹夜祭のための詠唱「諸国よ主をほめ讃えよ」

詠唱(Tractus)はミサの中で歌われる聖歌ですが、入祭唱(Introitus)や昇階唱(Graduale)など他のミサ固有唱のように毎回のミサで歌われるわけではありません。四旬節の期間などに、同じく固有唱であるアレルヤ唱(Alleluja)に代えて歌われますが、四旬節には毎日というわけではなく、アレルヤではなく昇階唱に代えて歌われることもあります。

 典礼の中に明確に指定された位置を持たないという点で、他のグレゴリオ聖歌とは異なっています。

 復活徹夜祭のための詠唱というのは、詠唱の旋律を利用して(つまり替え歌のようにして)構成された聖歌で、そういった経緯から詠唱に分類されています。

 今回演奏するのは復活徹夜祭の4番目の朗読の後に歌われるものですが、面白いのは、7つある朗読の後に歌われる詠唱が全て同じ旋律をもとに構成されているということです。毎回の朗読の後に7回歌われる詠唱が、歌詞を変えながらリフレインのように繰り返されます。

 この聖歌は第8旋法ですが、この旋法は以下の図のように、音域としては2番めに高い旋法ということになります。

第11回 旋法とは(その2)より

 またこの音域上の特徴もあって、第8旋法は中世の理論家によって以下のように特徴づけられています。

ヘルマヌス・コントラクトゥス

「喜ばしい、または勝ち誇った」

ミヒェルスベルグのフルトルフス

「快適で甘美」

ヨハネス・アッフリゲメンシス

「上品でむしろ落ち着いた」

(旋法の情緒について詳しく知りたい方はコチラをご覧ください)

 基本的に音域の高い旋法ということで、喜ばしいということは理解しやすいと思います。ただし第7旋法ほど華美ではなく、ソの下のファを多用するということで快適、甘美、上品で落ち着いたというような特徴を持つのだと思います。

 キリストの受難を偲ぶ四旬節から復活祭への橋渡しとも言うべき復活徹夜祭に歌われる詠唱には最適な旋法といえるのではないでしょうか。

 この聖歌の旋律自体からも、喜びと落ち着きが同居したような印象を受けます。

 

ピエール・ド・ラリュー(ca.1460-1518)「諸国よ主をほめ讃えよ」

(ソプラノパート譜 点3つにニョロっとした合流記号からカノンのパートが入ってくる)

 ラリューはジョスカンと同じ世代にあって、彼と並び称せられていたフランドルの作曲家です。今年2017年はイザーク没後500年のメモリアルイヤーですが、来年はラリューの没後500年です。イザークの亡くなった翌年にラリューは亡くなったということになりますね。来年は各地でラリューの作品が沢山演奏されることと思います。

 ジョスカンやイザークに比べると未だ研究が行き届いていないということがあるようですが、メモリアルイヤーを機会に研究が進められることが期待されます。

 ラリューはカノン風の形式に魅力を感じていたようで、ミサ曲の中でも世俗曲のパロディよりも、循環ミサのような同じモティーフを繰り返し使う形式を多用しました。1つのカノン旋律を4声に展開させたミサ「おお、救いのいけにえよ」や、3つのカノン旋律を6声に展開させたミサ「幸あれ、至聖なるマリア」などは完全なカノン・ミサで、ラリューのカノンへの偏愛ぶりを見て取ることが出来ます。

 今回演奏するモテット「諸国よ主をほめ讃えよ」はまさにこのカノンを用いた作品です。ソプラノが歌いだした旋律をアルトが4拍遅れて4度下で、テノールが12拍遅れてオクターブ下でカノンします。バスだけが自由な声部で、時にモチーフを模倣し、時に全く自由に第4の声部を歌います。

 今回の演奏会の中では、最もフランドルらしい作品ということが出来ると思います。

 

ルートヴィヒ・ゼンフル(ca.1486-1542)「諸国よ主をほめ讃えよ」

(6声のLaudateのバス・パート、

下にテノール2,ディスカントゥス2のパートとしてカノンの解決法が書かれています)

 ゼンフルはフランドルの流れをくむスイス人の作曲家で、ドイツで活躍しました。彼は今年没後500年となるハインリヒ・イザークの弟子であったと考えられています。イザークの大作「コラーリス・コンスタンティヌス」(全てのミサ固有唱をポリフォニーとして作曲した曲集)を完成させ出版したことで有名です。

 また今年はルターの宗教改革から500年の記念の年でもありますが、ゼンフルはルターとも親交があり、彼の依頼によってモテットを作曲したり、ルターの立場を慮り、アウクスブルグ議会のために、両教派の統合を求めるモテットを作曲したりしました。

 ゼンフルの"Laudate"は短い曲が6曲残されています。同一の旋律による3声のカノンが3曲、このカノンはそれだけでも作品として成立しています。それぞれのカノンの構造は以下のとおりです。

1曲目

ソプラノからスタート)→②バス(4拍遅れ・オクターブ下)→③テノール(8拍遅れ・4度下

2曲目

テノールからスタート)→②ソプラノ(4拍遅れ・5度上)→③バス(8拍遅れ・4度下

3曲目

バスからスタート)→②テノール(4拍遅れ・5度上)→③ソプラノ(8拍遅れ・9度上

 同じ旋律を同じタイミング(4拍遅れと8拍遅れ)でカノンさせていますが、それぞれ別の声部(ソプラノ・テノール・バス)から開始させ、開始音程(ラ・レ・ソ)が異なっており、追いかける声部との音度関係もバラバラなのです。

 大事なことなのでもう一度言っておきますが、これら3曲の旋律は全て同一(!!)です。もうこれだけでも気が遠くなるほど複雑です。

 さらに!その3声のカノンにそれぞれ1・2・3声部付け加え、4・5・6声として作曲されたものがあるのですからもうこれは凄すぎて頭クラクラしちゃいます。

 つまりたったひとつの旋律で6曲ものカノンによるモテットを作り上げたわけなのです。ラリュー同様ゼンフルにもいくつかこうした非常に複雑な構造の作品がありますが、彼は常にテキストが明瞭に聞き取られることに気を遣っているため、衒学的な印象はほとんど受けません。

 6曲全て演奏したいところですが、時間の関係で今回はこのうち、4・5・6声のものを演奏いたします。

 

次回は以下の作曲家による「諸国よ主をほめ讃えよ」について解説いたします。

トマス・タリス(ca.1505-1585)

トマス・ルイス・デ・ビクトリア(1548-1611)

クラウディオ・モンテヴェルディ(1567-1643)

どうぞお楽しみに!

(櫻井元希)

 

【次回公演】

Salicus Kammerchorの次回公演は来年2018年5月の第4回定期演奏会です。

また関連公演として、Ensemble Salicusのデビューコンサートが10月18日に予定されています。

詳細はコチラ↓

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