第10回 旋法とは(その1)
旋法について
第10回 旋法とは(その1)(この記事)
サリクス・カンマーコアのコンセプト、音楽に対する考え方をご紹介しているこのブログですが、今回は「旋法Modus」についてお話したいと思います。
まず西洋音楽においてModusという語は、一般的な日本語の「旋法」という意味を含め、3つの異なる意味を持っています。
1.計量記譜法におけるロンガとブレビスの関係 計量記譜法においては、長いを意味するロンガが、短いを意味するブレビスに対してどれだけ長いのかが1種類ではありませんでした。 ロンガをいくつに分割してブレビスとするかは、完全(3分割)と不完全(2分割)の2種類に分けられ、そのいくつに分割するかという関係のことをModusといいました。同様に、ブレビスとその1つ小さい音価であるセミブレビスとの関係はTempus、セミブレビスとさらにその1つ小さい音価であるミニマとの関係はProlatioといいます。
例えば以下の図のような関係になっている場合、
「ここはModus imperfectus(不完全) Tempus perfectum(完全) Prolatio major(完全)だね!(決め顔)」などというふうに使います。
詳しくは後日記譜法についてお話する回で解説します。
2.音程 私たちはあまり使わない用法ですが、フクバルト(中世の音楽理論家)は、短2度から半音ずつ増加して長6度に至る9つの音程を挙げ、その音程のことをModusと呼んでいます。
3.音階型または旋律型 今回話題にしようとしているのはこの3番目の意味での「旋法Modus」です。 これはグレゴリオ聖歌を分類するための音階モデル、旋律モデルとして考え出され、ポリフォニーが発展したルネサンス期にも、現代的な長短の調性へと以降しつつあったバロック期にも適用されていた、西洋音楽理論の基礎となる概念です。
旋法の仕組み 上述のように、旋法ははじめグレゴリオ聖歌のレパートリーをいくつかのカテゴリーに分類するために生まれました。ではなぜこのような分類が必要だったのでしょうか。 それはアンティフォナというグレゴリオ聖歌の形式によるところが大きいようです。 アンティフォナは詩編唱を挟んで繰り返される、いわゆるリフレインの形式を持っていますが、そのアンティフォナと詩編の組み合わせ方がちぐはぐになってしまわないようにするには、口伝だけでは難しかったのです。 そのため、旋律や使用している音階によって聖歌を分類し、詩編唱と組み合わせる際の拠り所としたのです。
初期の旋法はギリシャで用いられていた旋律組織(オクトエコス)の借用だったので、それを西方教会の聖歌に当てはめるのに様々な工夫が必要でした。
旋法は主に、終止音(フィナリス)と、旋律の中で重要な役割を果たすドミナント、音域、旋法に特徴的な音の動き方(身振り)によって8つに分類されました。
(中世の理論書は実に多様な方法で多様な情報を提供していて、曖昧な記述や矛盾する記述も多く、それらすべてを網羅することはこのブログの本意ではありません。ここに示すものはその共通項をざっくりとまとめたものだと思って下さい)
はい!この表のカンタンな覚え方の裏技です!
2-4-6-8!3-4-3-4!
です!りぴーとあふたーみー!にーよんろくはちさんよんさんよん!
これさえ覚えておけば完璧です。
フィナリスは4つだけ、レミファソです。そしてそれぞれに正格と変格があるので合計8つ。奇数が正格、偶数が変格です。ここまではわかりやすいですよね。
続いてドミナントの覚え方。正格旋法は単純です。全てフィナリスの5度上です。覚えやすいですね。問題は変格旋法のドミナント。これの覚え方が、
2-4-6-8!3-4-3-4!
なのです。つまり、第2旋法と第6旋法のドミナントはフィナリスの3度上、第4旋法と第8旋法は4度上という訳です。覚えましたか?
にーよんろくはちさんよんさんよん!
これであなたも旋法マスターです!
具体例
グレゴリオ聖歌の膨大なレパートリーの中には、ここに示した8つに収まらないものもあります。また、聖歌全体を見るとこの旋法だけど、その聖歌の中間部に置いては別の旋法のように見えるという事もあります。この例として、以下の聖歌を見てみましょう。
左上にある大きなRは歌詞のResponsumの最初の文字です。その上にあるのが旋法の番号で、その上にあるAnt.はアンティフォナAntiphona(曲の種類のことです)の略です。音部記号はヘ音記号ですので最初の音はファです。
第2旋法はレをフィナリスとする変格旋法です。ドミナントはファですので、ファで始まりレで終わる、聖歌の冒頭部分は全くもって第2旋法らしい旋律です。そして最後もやはりファを反復してレで終わっています。もうまごうかたなき第2旋法です。第2旋法以外の何ものでもないです。
だがしかし!
聖歌の中間部分の終止を見てください。緑で囲った箇所です。ミなんですよね・・・。(ちなみに、いまの話題とは直接関係ありませんが、多くの終止はサリクスで終わってますね❤嬉しかったのでそこだけネウマ付けておきました)
ほとんどの中間部分の終止がミなのです。第2旋法のフィナリス、レで終わっているのは最初と最後と、5段目の最後あたり(すなわち赤で囲った箇所)の3か所だけです。ミで終わっている箇所は6か所もあるので、その部分はミの旋法と考えられるのです(音域が下に広がっているので第4旋法でしょうか)。
このような一筋縄ではいかない多様性が、グレゴリオ聖歌には溢れています。全体の旋法を把握することも大事ですが、このように部分部分でそれが変化して別の旋法に推移していく様に注目するということはもっと大事だと思います。
次回予告
今回は旋法の仕組みを説明しましたが、次回は各旋法の持つ情緒的意味について考察していきます。ご期待ください!
(櫻井元希)
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【次回公演】
Salicus Kammerchorの次回公演は『第3回定期演奏会』です。
4月22日(土)14:00開演
横浜市栄区民文化センター リリスホール
4月27日(木)19:15開演
台東区生涯活動センター ミレニアムホール
曲目
”Lobe, den Herrn alle Heiden” BWV 230
”Der Geist hilft unser Schwachheit auf” BWV 226
他
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【最新動画配信!】
第2回定期演奏会より、Heinrich Schütz “Musikalische Exequien” op. 7 III. Canticum Simeonisを公開中です!
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