J. S. バッハ 名言・迷言集
コラム
J. S. バッハ 名言・迷言集(この記事)
前回までのブログで、音律について4回にわたったシリーズが完結しました。
今までサリクスのコンセプトというカテゴリーで、
バッハのバックグラウンドについて
グレゴリオ聖歌→フランドルのポリフォニー→バッハの流れについて
音律について
第6回 歌い手にとっての音律(その1)(ピタゴラス音律)
第7回 歌い手にとっての音律(その2)(ミーントーン)
第8回 歌い手にとっての音律(その3)(ヤング第2調律法)
第9回 歌い手にとっての音律(その4)(純正調)
と、3つの話題についてお話ししていきました。
真面目な話題がずいぶん続いたので、ここらでちょっと軽い話題を挟もうと思います。
ときどきこのような形で、コラムを挟んでいこうと思いますので、ぜひ気軽に読んでください。
この度はJ. S. バッハ 名言・迷言集と題しまして、私の独断と偏見によって、バッハの言ったとされる言葉を(ほとんどは手紙からですが)いくつか紹介していこうと思います。
(原文中の――は中略を示します)
――・――・――・――
その1
天候が良くて、葬式収入が少ないんです!
原文
私の現在の地位はかれこれ700ターラーの収入になります。そして例年よりも葬式の数の多い時には、そのぶんだけ臨時収入も増加いたしますが、健康によい好天に恵まれたりいたしますと、反対にこの種の収入は減少いたすわけで、実際、昨年などは例年の葬式収入を100ターラー以上も下まわる有様でした。
ゲオルグ・エールトマン宛ての就職依頼の手紙
バッハは非常に子だくさんで、生まれた子は20人、そのうち成人した子どもが10人いたそうです。この大家族を養うために、家長として頻繁に当局に対して賃上げ要求、あるいはもっと身入りのいい就職先への転職活動をしていました。またとても倹約家であったことも他の資料からはうかがい知れ、そういった意味では現実的な人柄であったことがわかります。
――・――・――・――
その2
出来そこないの息子を、あなたの教会へ推薦してごめんなさい!
行方知れずのあの子を探してください!
そしてクビだけはご勘弁を!
原文
私が閣下のよりかずかずのご好意をたまわるという名誉に浴しました昨年以来、息子(遺憾ながら出来損ないの)には一目も会っておりません。――あの子はまたしてもあちこちで借金を重ね、生活態度を少しも改めないのみか、行方までくらました。――閣下には――あの子の現在の居所をつきとめ、あれがこの先どうするつもりなのか、つまり、いまの地位にとどまって行状を改めるのか、それとも自分の運命をどこかほかに求めようというのか、この点を問いただしますまでは、息子の身に迫った更迭を延期するよう貴参事会に働きかけて下さるものと信じて疑いません。
ザンガーハウゼンのJ. F. クレム宛ての手紙
この手紙からも、父親としてのバッハの人柄が分かるかと思います。この手紙にはは、出来は悪いとはいいながらも、父として息子の行方を案じるバッハの想いが詰まっています。話題になっているのは、ヨハン・ゴットフリート・ベルンハルト・バッハで、もともと素行の悪い人だったようですが、父バッハのとりなしによって、オルガニストの職を得ます。ところがすぐに行方をくらましてしまい、その後若くして亡くなってしまいます。
――・――・――・――
その3
誰でも私程に努力すれば、私程にはなれる。
原文
私は勤勉であらざるを得なかった。私と同じように勤勉な人ならば、私と同じ程度のことはできるだろう。
「どのようにしてこれほどまですぐれた技術を身につけたのか」という問いに対して
もう、バッハにそれを言われてしまうとぐうの音も出ません。謙虚というか何というか…。この言葉を思い出すたびに、自分の努力の足りなさを思い知らされます。バッハは別の機会にも似た言葉を遺していています。それは「勤勉と実践によって私が成しえたことは、それなりの天賦の才と能力を備えた人なら、だれでも成しえたことです」という言葉ですが、ここで言う「それなりの天賦の才と能力」のレベルがどの程度のものであったのか…気になるところです。
――・――・――・――
その4
自分から言ったわけじゃないし…。そんな風に言われても困るし…。
原文
私がみずからすすんで志願した(と貴殿はお考えのようですね)オルガニストへの就任を拒否したことに、貴教会役員会が不信の念をおもちであろうとも、そのことは私にはまったく不信ではありません。といいますのも、貴教会役員会が、この件についてろくにお考えくださっていないことをよく承知しているからです。
バッハがハレのオルガニストへの就任を断ったことで、
当局の不信を買った際に抗議した言葉
バッハは生涯のほとんどあらゆる時期において、その時々の当局と軋轢を生じていたようです。そもそもバッハの私的な言葉というのはほとんど残されていないので、そう印象を強く受けます。残されたものは公的な手紙の類いが多く、それらは大抵当局に対する不平不満や改善要求などなので、その文章だけを追っていると彼が生涯にわたって愚痴を言ったり喧嘩してるように見えてしまいます。
――・――・――・――
その5
報酬がないと、努力が報われないよ!
原文
ドイツの音楽家に対し、イタリア、フランス、イギリス、ポーランド、その他さまざまな種類の音楽を、その場ですぐに演奏せよと求めるのは、ずいぶんおかしな話です。そのようなことは、ある作品を与えられ、それを前もって長時間練習して、ほとんど暗譜するまでになっているような名手たち、さらには――ここが肝心かなめのところなのですが――多額の報酬で雇われ、その努力と勤勉が十分に報われているような名手たちでなければ不可能でありましょう。
「整備された教会音楽のための、短い、しかし緊急を要する草案」
1730年
今も昔も音楽家の日々の努力に対する世間の認知というのは薄いのだなあ、共感するなあ。しかし他の資料によると、多くの場合この時代の演奏家は初見で演奏したそうです。恐ろしいですね。現代の私たちからは考えられません。この草案は当局に対する補助金請求なので、そのために少し誇張して書いている節があるようです。
――・――・――・――
その6
老いぼれと見習いじゃどうにもならないよ!
原文
この奏者たちの質と音楽的な知識について真実を明かすことは、ここでは遠慮しておきたいと思います。しかし次のことはよくよく考えなくてはなりますまい。すなわち彼らの半数は老いぼれであり、残る半数も、当然受けるべき訓練をうけていないのです。
ライプツィヒで得ることのできた器楽奏者たちについて
上記の草案より
遠慮すると言いながら遠慮してないですよね…。これを当人たちが見たら、立ち直れないでしょうね(笑)。これもまた上記の草案の文章なので、多少誇張されている部分はあるかもしれませんが、それにしても「老いぼれ」って…。
――・――・――・――
バッハの残した文章は他の作曲家からするとかなり少ないですが、それでもまだまだありますので、折に触れて紹介していきたいと思います。次回もお楽しみに!
(櫻井元希)
【次のコラム】
――・――・――・――・――
【次回公演】
Salicus Kammerchorの次回公演は『第3回定期演奏会』です。
4月22日(土)14:00開演
横浜市栄区民文化センター リリスホール
4月27日(木)19:15開演
台東区生涯活動センター ミレニアムホール
曲目
”Lobe, den Herrn alle Heiden” BWV 230
”Der Geist hilft unser Schwachheit auf” BWV 226
他
詳細はコチラ↓
――・――・――・――・――
【最新動画配信!】
第2回定期演奏会より、Heinrich Schütz “Musikalische Exequien” op. 7 III. Canticum Simeonisを公開中です!
――・――・――・――・――
【メールマガジン配信中】 サリクスの最新情報をお知らせしております! 登録はホーム画面右上のフォームからお願いいたします。 (スマートフォンの方はブログ更新のお知らせの下にあります)
――・――・――・――・――
【主宰の櫻井元希のウェブサイトはコチラ↓】