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第34回 第3回定期演奏会 各曲について(その3)

第3回定期演奏会曲目解説シリーズ

その4

グレゴリオ聖歌 死者のための聖務日課より応唱「私は信じる、贖い主は生きておられると」

ギヨーム・デュファイ「めでたし天の元后」

ジョスカン・デ・プレ「われらの父よ/アヴェ・マリア」

ハインリヒ・イザーク「誰が私の頭に水を与えるのか?」

その5

ニコラ・ゴンベール「至高のジュピターの子、ミューズよ」

ハインリヒ・シュッツ「それは確かに真なる」

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ「御霊は我らの弱きを強め給う」BWV 226

 

 第3回定期演奏会の解説、その3は前半プログラムの後半5曲についてお話しています。ドレスラー、プレトリウス、シュッツ、シャイト、そしてバッハの作品です。

 これまでの作品はラテン語によるモテットでしたが、この5曲はみなドイツによる作品です。フランドルの技術やイタリアの作法がいかにドイツへ伝わり、土着のドイツ独自の民族性と交わっていったか、とっても興味深いです!

 

ガルス・ドレスラー(1533-1580)「諸国よ主をほめ讃えよ」

Gallus Dreßler “Lobet den Herren, alle Heiden”

 ドレスラーは旋法や対位法に関するいくつかの音楽理論書を著したことで有名ですが、理論家としてだけではなく、作曲家としても活躍しました。特に日本ではあまり演奏されることがありませんが、素朴かつ流麗で、魅力に溢れた作品を沢山残しています。

 作曲家としての彼は、フランドルのポリフォニーの技術をドイツ語のテキストに応用したことによって歴史上重要視されています。

 今回演奏する作品も、特に冒頭部分はまるっきりフランドルの作法そのもので、フランドルらしい流麗な旋律にドイツ語のテキストがあてられていることが非常に新鮮さを感じさせます。それに対しホモフォニック(和声的)に声を揃える中間部から後半では、ドイツ人らしい素朴で、ある種無骨な気質が見え隠れします。ハレルヤを何度も何度も繰り返す終結部分は非常に特徴的で、フレーズの畳み掛けはもはや熱狂的とさえ言えます。↓

(ソプラノの終結部分)

 

ミヒャエル・プレトリウス(1571-1621)「諸国よ主をほめ讃えよ」

Michael Praetorius “Lobet den Herren, alle Heiden”

 ミヒャエル・プレトリウスは『音楽大全』を著したことで有名な音楽理論家ですが、同時に驚くほど多作な作曲家としても名を馳せています。『音楽大全』の第3巻にはその作品目録が、なんと28ページにも渡って記されています。

 今回演奏するのは全9巻の曲集《シオンのムーサたち》の第7巻に収められた作品です。プレトリウスはこの曲集の6-8巻を、ドイツ語の賛美歌を単純な4声体で作曲することに費やしました。そのうち詩編117編に基づいた作品は3曲あり、3つ目のものはダニエル・ルンプ(177-1838)という詩人がドイツ語訳したものです。

少しずつニュアンスの違う3つのテキストに、非常に素朴な旋律と和声がつけられています。

 

ハインリヒ・シュッツ(1585-1672)「諸国よ、声を上げ主をほめ讃えよ」

Heinrich Schütz “Lobt Gott mit Schall, ihr Heiden all,”

 シュッツはバッハ以前のドイツ人作曲家の中でもっとも重要な作曲家であると言われています。バッハの生まれるちょうど100年前に生まれ、87歳という当時としては大変な長寿を全うしました。ただ、彼は長生きしただけに、身近な人の死に数多く遭遇したようで、死にまつわる作品を数多く作曲しました。後半演奏するモテット「それは確かに真なる」はそのような葬送モテットの一つですが、実は「諸国よ主をほめ讃えよ」も、ある人物の死に深く関わっています。

 1619年、シュッツはドレスデンでマグダレーナ・ヴィルケと結婚しますが、わずか6年後、この妻は2歳と4歳の幼い娘を残し他界します。享年24歳でした。シュッツはこの後生涯独身を貫くこととなります。そんな妻の死から1年間、彼は一つの曲集の作曲に没頭します。コルネリウス・ベッカーがドイツ語訳した詩編全てを音楽化した《ベッカー詩編集》がそれで、今回演奏する「諸国よ主をほめ讃えよ」はこの曲集に収録されています。

 妻の2年目の命日に記したこの曲集の序文に書かれている通り、この詩編集の作曲が彼の心の慰めとなりました。4声体のシンプルな音楽の中には、彼の妻に対する想いが秘められているのかもしれません。

(1627年に献呈された《ベッカー詩編集》の序文より、末尾に妻の命日が記されている。"Datum Dreßden den 6. Septembris, Anno 1627"「ドレスデンにて、1627年9月6日」)

 

ザムエル・シャイト(1587-1653)「諸国よ主をほめ讃えよ」

Samuel Scheidt “Lobet den Herren, alle Heiden”

 シャイトはシュッツやヨハン・ヘルマン・シャイン(1586-1630)とともにドイツ3大Sなどと並び称される作曲家で、彼らと全く同じ世代に活躍しました。3人はお互いに親交があり、後半に演奏するシュッツのモテットはシャインのために書かれましたし、シャインはシャイトを娘の名付け親に選ぶほどでした。

 今回演奏する「諸国よ主をほめ讃えよ」は1640年に出版された宗教コンチェルト集第4巻に収められています。この曲集の名の通りイタリアから学んだコンチェルタート様式をふんだんに使った作品となっています。ソロとトゥッティ(総奏)の対比、また3拍子と2拍子のリズムの交代など、3曲前のモンテヴェルディの作品と共通点が感じられる作品です。

 またこの曲にはソロのセクションにおいて、4拍子で書かれているのにどう見ても音楽は3拍子という箇所が2箇所あらわれます。

この譜例でいうところの1小節目の3拍目から始まったフレーズは2小節目の1拍目までで終わります。そしてソプラノ2が2小節目2拍目から始まって4拍目までというように、3拍ずつのフレーズとなっています。1小節目3拍目から5小節目の1拍目までの15拍が3拍子×5小節かのように作曲されています。

 なかなかに複雑な書き方をもちいた、工夫に満ち作品と言うことができます。

 

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)「諸国よ主をほめ讃えよ」

Johann Sebastian Bach “Lobet den Herrn, alle Heiden” BWV 230

 このモテットはブライトコプフ社によってバッハの死後半世紀以上たった1821年に出版されました。そこには「オリジナル手稿譜による」という但し書きがありますが、現在そのようなものは残っておらず、資料はこの出版譜しか残っていません。様式の面でもバッハの真作かどうかということには疑いが持たれていますが、少なくとも部分的には極めて巧みな、バッハの作としか思えないような技法がみられます。

 4声という声部数も他のモテットには見られず、そのことを理由に失われたカンタータの一部ではないかという説もあります。

 全体は2部分(①歌詞の1-4行目、②5行目 “alleluja”)に分かれ、前奏曲とフーガのような様相を呈しています。長大な前半部分は更に3部分(①歌詞の1行目、②2行目、③3・4行目)に分けることができます。

 歌詞の1行目は喜ばしい上行分散和音の連続が主なモティーフです。ラッパの音型を模したこのモティーフによって賛美の喜びが提示されます。それに対し2行目につけられたモティーフは順次進行による全体としては下降のモティーフです。流れるようなこのモティーフはゼクエンツ(同型反復進行)によって強調され、その後1行目のモティーフと組み合わされます(つまりこの部分では歌詞の1行目と2行目が同時に歌われることとなります)。

 大きなカデンツ(終止定型)とゲネラル・パウゼ(全員が休符)を経て歌詞の3行目のセクションに入ります。それまでの音楽とは打って変わって、ゆったりとした掛留(あるパートが和音の変わり目で前の音を保続することによって不協和音を生み出す)によって旋律は穏やかに下降していき、「恵みと真実」に対する信頼と安心感が表現されます。続けて今度は同じ歌詞の行の最後の言葉「永遠」に焦点が当てられます。これは文字通り非常に長い音によって表現され、“Ewigkeit”(永遠)という言葉にあてられた音の長さは2分音符11個分もあります。

 「前奏曲とフーガ」で言うところのフーガでこのモテットは閉じられますが、この部分のテキストはただ「アレルヤ」のみです。何度も何度もアレルヤを繰り返すという意味ではドレスラーやシュッツと共通であり、アレルヤに3拍子を用いるという点ではシャイトと同じ発想です。これらの共通点をもちながらも、それを忘れさせるほどの音楽の複雑さ、バッハの特異さを感じていただけると思います。

 

 いかがでしたでしょうか?次回は後半のプログラム【葬送モテット】について解説していきたいと思います。

 お楽しみに!

(櫻井元希)

 

【次回公演】

Salicus Kammerchorの次回公演は来年2018年5月の第4回定期演奏会です。

また関連公演として、Ensemble Salicusのデビューコンサートが10月18日に予定されています。

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