第3回 ネウマを学ぶ②~特殊ネウマ(装飾ネウマ)~
皆さまこんにちは、渡辺研一郎です。5回で学ぶネウマ講座、第3回の記事となります。前回から「ネウマを学ぶ」という題でお話をさせていただいています。
前回は「単純ネウマ・複合ネウマ」という2つのグループのネウマを取り上げました。単純ネウマとしては、下行の2音から成る旋律の動きを表す「クリヴィス」や、上行2音の旋律の動きを示す「ペス」といったネウマが登場しました。また、単純ネウマが拡大されたり互いに組み合わさることによって「複合ネウマ」を形成し、例えば「ペス・スブプンクティス」(ペスとプンクトゥムとが組み合わさったネウマ)を紹介しました。
さて、今回のテーマは、「特殊ネウマ (装飾ネウマ)」というグループのネウマです。
◎「特殊ネウマ(装飾ネウマ)」とは?
「特殊」または「装飾」という言葉を冠しているネウマのグループ―「特殊ネウマ(装飾ネウマ)」―ですが、これは、ネウマの記号が何らかの特殊な唱法、あるいは装飾的な唱法を示しているのではないかと考えられているネウマのことです。
前回お話ししました「単純ネウマ」や「複合ネウマ」は、主に旋律の動きを表しました。ペスは上行2音から成る旋律の動き、クリヴィスは下行2音から成る旋律の動き、といった具合です。
一方、今回扱う「特殊ネウマ」(今回は「特殊ネウマ」という言い方に揃えましょう)はそういった旋律の動きだけではなく、それに加えて、特殊な、あるいは装飾的な唱法を示しているのではないか、と考えられているネウマなのです。例えば、声を震わせるとか、微分音(半音よりも狭い音程の音)を用いるといったことが、特殊な歌唱法として考えられています。
これら特殊ネウマが示す歌唱法については、これまで多くの研究者によって研究・議論が行われてきました。ただ、研究者によって歌唱法の意見が異なるネウマも存在しており、未だ統一的な見解にまとまっていないという特殊ネウマもあります。
◎声を震わせる?―「クィリスマ」「ペス・クワッスス」というネウマ
例えば、声を震わせるような歌い方を示しているのではないかと考えられている特殊ネウマに「クィリスマ quilisma」や「ペス・クワッスス pes quassus」というネウマがあります。
クィリスマは、ギザギザとした線が特徴のネウマです。ペス・クワッススは、単純ネウマのペスに似ていますが、左側の部分にアルファベットの “s” のような曲線を持っているのが特徴です。
クィリスマもペス・クワッススも、基本的な旋律の動きは単純ネウマのペスのように「低-高」という上行の動きになります。ただ、クィリスマのギザギザとした線の部分や、ペス・クワッススの “s” のような線の部分に、普通のペスには無い特殊な唱法が含まれていると考えられています。例えば「ド-レ」という上行2度の動きでしたら、「ド」の音で特殊な歌い方がなされるのでは、と考えられるのです。
現代でも用いられている装飾音の記号として「トリル」や「ターン」があります。トリルはギザギザの線、ターンは “s” を横にしたような図形を描きます。それらを知っている方は特に、クィリスマのギザギザ線やペス・クワッススの “s” のような線を見ると、どこか直感的に「装飾的な歌い方を示すのではないか?」と思われるかもしれません。
実は、中世の音楽理論書の中に、クィリスマやペス・クワッススの歌唱法に関する記述が見られるものがあり、いずれも「声を震わせる」ことと関連付けられています。例えばクィリスマについてはかなり具体的で、同じ音で声の強弱を変化させることによって震えるような効果を生みだす歌唱法とクィリスマの歌唱法とが同様のものとして記述されています(Commentarius in Micrologum、11世紀後半、著者不詳)。恐らく、クィリスマのギザギザ線の部分の歌い方について言及したものと思われます。
◎ネウマの名前から
「クィリスマ」というネウマの名前の由来は、ギリシャ語のκύλισμα (kylisma) にあると考えられています。Webでこのギリシャ語を調べますと英訳では “roll” という単語になるのですが、これは日本語に訳すと「転がる」「横揺れする」「波がうねる」といった意味です。したがって、「クィリスマ」という名前からも演奏法上の「揺れ (声の揺れ)」が示唆されているのではないかと思われるのです。
一方のペス・クワッススですが、「クワッスス quassus」というのはラテン語です。ラテン語の辞書を引いてみますと、クワッススには「(声が)震えている」という意味があります(他にも「打ちこわされた」「砕かれた」という意味があります)。ペス・クワッススの方もやはり、ネウマの名前自体が演奏法を物語っているように思えます。
◎他の特殊ネウマ
特殊ネウマは他にも、2音や3音から成る同音連打の唱法を示す「ビストロ―ファ bistropha」や「トリストローファ tristropha」などがあります。
また、ペス・クワッススに見られたアルファベットの “s” のような曲線、これは実は独立した特殊ネウマとしても存在しており、「オリスクス oriscus」と呼ばれています。オリスクスの演奏法に関しては、トリルのような装飾音であると言われたり、微分音的な特殊な音程だと言われたり、と意見が分かれてしまっています。ただ、上で見ましたように、ペス・クワッススに「声を震わせる」という演奏法が含まれるとすると、そこから応用して、オリスクスにも声を震わせるような歌い方(どちらかといえば、トリルのような装飾音的歌い方)が含まれているのではないかと考えられるかもしれません。
この記事をご覧いただいている方の中には、日頃グレゴリオ聖歌を歌う機会のある方、あるいはこれまでにグレゴリオ聖歌を歌ったことのある方、グレゴリオ聖歌をよく聴いているという方もおられるかと思います。もしかしたら、グレゴリオ聖歌が特殊な歌唱法を用いて装飾的に歌われる、というイメージがあまり無い方もおられるかもしれません。
今回は前回と違って、譜例を用いてネウマを解説するというスタイルではありませんでしたが、そもそもグレゴリオ聖歌が「声を震わせる」などして歌われていた可能性があることと、それが「特殊ネウマ」によって表わされていると考えられる部分があること、を知っていただければ嬉しく思います。
今回も動画をご紹介して記事を終わります。サリクス・カンマーコア主宰の櫻井元希、サリクス・カンマーコアメンバーの佐藤拓・富本泰成・渡辺研一郎の4人 (Ensemble Salicus) で録画しましたグレゴリオ聖歌の動画です。特殊ネウマを演奏に活かしています。特に10:30から始まる「アレルヤ唱」では声の震えが頻出しますので、装飾的な演奏の雰囲気を感じやすいかと思います。
それでは、今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!
(渡辺研一郎)
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