第40回 G. P. da パレストリーナ ミサ《シネ・ノミネ》
今回から数回に分けて、第4回定期演奏会で演奏するそれぞれの作品について解説をしていきたいと思います。
それぞれ大変興味深い作品です。
お付き合いくだされば幸いです。
第1回の今回は、前半プログラムであるパレストリーナのミサ《シネ・ノミネ》についてです。
プログラム全体のコンセプトについてはこちらをご覧ください↓
ジョヴァンニ・ピエルルイージ・ダ・パレストリーナ(ca.1525-1594) ミサ「シネ・ノミネ」
Giovanni Pierluigi da Palestrina Missa "Sine nomine"
パレストリーナはルネサンス期最大の作曲家とされる人物で、16世紀イタリアで活躍しました。当時のローマには4つ主要な礼拝堂楽団(システィーナ、ジュリア、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ、サンタ・マリア・マッジョーレ)がありましたが、パレストリーナはこの全ての楽団で働きました。そのことからもわかる通り、生前から非常に高く評価されていました。出版されたミサ曲集は全6巻にも達し、第1巻はなんと8回も重版されました。死後もその評価は絶えることなく、彼の作曲技法は「パレストリーナ様式」と呼ばれ、対位法の教科書などでも度々引用され、全ての教会音楽家に模範とされました。
おそらくサリクスがレパートリーとしている、バッハ以前の教会音楽の中では、バッハの次に有名な作曲家ではないでしょうか。アマチュア合唱団などでも非常によくとりあげられますし、録音も沢山存在します。生前から現代に至るまで評価の途切れることのなかった珍しいケースの作曲家と言えるかもしれません。
ミサ《シネ・ノミネ》の “Sine nomine”とはラテン語で「無名の」という意味であり、このミサ曲が特定の定旋律を持たない、はじめから自由に作曲された作品ということを意味しているように見えます。しかし事情はそう単純ではなさそうです。
1545年から1563年にかけて行われたトレント公会議で、典礼の中にあらゆる世俗的な要素を退けようということが決まり、グレゴリオ聖歌以外からの引用を行ったミサ曲が排除されました。その結果作曲家は世俗曲からの引用を行う場合には、それと悟られぬよう題名を「シネ・ノミネ」として世に出さざるをえなかったという背景がありました。
今回演奏する6声のミサ《シネ・ノミネ》もまたそのように定旋律の名前が隠されたミサであるとの推測がなされ、S. カッソラはこのミサの典拠がC. フォスタのマドリガーレ “Madonna io mi consumo”であるとしていますが、作品を比較する限りどうもこれは信憑性に乏しいように思われます。
ドイツで筆写されたパレストリーナのミサ曲集の中では Missa “Beata Dei genitrix”と記載されていることもあり、このミサの定旋律をめぐってはまさに大混乱という状況です。
ただ、K. イェペセンの説が現在どうやら有力そうで、彼によると、ローマで1590-1620に書かれた写本の中の作者不明のモテット “Cantabo Domine”に基づいているということです。
基本的にはSSATTBの6声で進行するこのミサ曲ですが、ときおり声部を4声に減らし、変化をもたらす工夫がなされています。
こうしてみると、クレドの中での声部の変化、特にイエスが十字架にかけられる、 "Crucifixus"の箇所で用いられる低声による4声が際立っていることがわかります。テキストの長いクレドの楽章の中で、単調にならないようドラマを生み出す工夫をする意図と、中でも受難の神学的意味を強調するという意図とが見て取れます。
もともとポリフォニーであった曲を引用しながら作曲されたミサ曲を「パロディーミサ」と言いますが、このミサ曲も原曲は断定でないものの、この種類のミサ曲であるといえます。
特に楽章の最初と最後で、原曲からの引用が顕著に見られ、楽章間を統一する効果をもたらしています。
このミサはJ. S. バッハの手によって筆写され、一部上演された形跡があることでも有名です。バッハはこの上演にあたって、金管楽器を各声部に重ね、バスにはオルガンとチェンバロ、更にはヴィオローネ(コントラバス)まで加えました。この「編曲」はライプツィヒの礼拝の要請から「キリエ」と「グロリア」についてのみ行われています。バッハの手による上演もこの2楽章のみであったと考えられます。
ただしバッハによる筆写は全曲に渡っており、この作品から学んだいわゆる「古様式」とラテン語のミサ典礼文の扱い方が、晩年の大作「ミサ曲ロ短調」 BWV232に生かされていると言われています。
バッハ編曲版ミサ《シネ・ノミネ》
Staatsbibliothek zu Berlin, Mus.ms. 16695
ちなみに8小節目のバスには、2音のネウマから生まれたリガトゥーラ(連結音符)がみられます。パレストリーナにリガトゥーラがあるのは当たり前なのですが、バッハの手による筆写の中にもリガトゥーラがあるのを見つけて、伝統とのつながりを嬉しくなりました。
この「編曲版キリエ・グロリア」をSalicus Kammerchorでは一昨年La Musica Collanaとのジョイントコンサートにおいて演奏いたしましたが、今回はこのミサ曲全曲をパレストリーナのオリジナルにもとづいて演奏いたします。三位一体のミサを想定し、実際の典礼の流れに即して、グレゴリオ聖歌のミサ固有唱とともにお聴きいただきます。
今回は、昨年のEnsemble Salicusレクチャーコンサートで用いた特殊ネウマの演奏法を用います。16人の歌い手でこの歌い方が成立するのか、どうぞお楽しみに!
特殊ネウマについてはコチラ→第37回 特殊ネウマについて
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【Salicus Kammerchor第4回定期演奏会】
5月20日(日)14:00開演@台東区生涯学習センター ミレニアムホール
5月23日(水)19:00開演@豊洲シビックセンター ホール
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【最新動画公開中!】
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