第42回 "Altbachisches Archiv" 「古いバッハ家の史料集」その2
第4回定期演奏会のプログラムについての記事の4つめです。
これまでの記事は以下からご覧いただけます。
ぜひ本記事と合わせてお読みください!
第39回 第4回定期演奏会選曲コンセプト
第40回 G. P. da パレストリーナ ミサ《シネ・ノミネ》
第41回 "Altbachisches Archiv" 「古いバッハ家の史料集」その1
ゲーレンにあるヨハン・ミヒャエル・バッハの記念碑
ヨハン・ミヒャエル・バッハ(1648-1694) 「持っているものを大事にしなさい」
Johann Michael Bach "Halt, was du hast"
「古いバッハ家の史料集」の中に収められた作品のうち、大部分を為すのが、ヨハン・クリストフとその弟ヨハン・ミヒャエルの作品です。ヨハン・ミヒャエルはヨハン・ゼバスティアンの祖父の兄弟の息子で、彼の末の娘マリア・バルバラは彼の死後、ヨハン・ゼバスティアンと結婚したので、ヨハン・ミヒャエルは彼の義理の父でもあります。
ヨハン・ミヒャエルはアルンシュタットに生まれ、同地の場内礼拝堂オルガニスト、ゲーレン市のオルガニストを歴任しました。H. シュッツ、S. シャイト、M. プレトリウスの二重合唱の伝統に基づき、基本的にはホモフォニックな様式を好みました。ヨハン・ゼバスティアン以前のバッハ一族の中で最も重要と考えられているのは兄ヨハン・クリストフですが、ヨハン・ミヒャエルも彼とほとんど同等の音楽的能力を持っていたと評価されています。
モテット「持っているものを大事にしなさい」もそんな二重合唱の伝統を強く感じさせる作品ですが、今回この作品を選曲したのは、メインプログラムである「イエス、我が喜び」のコラールがこの作品に印象的な形で使われているためです(調性も同一でホ短調です)。
黙示録3章11節のテキストを執拗に繰り返す第2合唱に対し、第1合唱はその合間を縫うようにして、コラール「イエス、我が喜び」の第1・4節を歌います。この対比を明確にするため、それぞれの合唱グループに割り当てる声部が工夫されています。第1合唱はシンプルにソプラノ、アルト、テノール、バスですが、第2合唱はアルト、テノール1、テノール2、バスという音域の低い編成となっているのです。このことによってコラール旋律をより際立たせ、天から降り注ぐような効果が得られています。
終結部ではそれまで一貫して黙示録のテキスト歌っていた第2合唱もコラールの歌唱に加わり、加えてエコーを受け持ちます。テキストはコラール第5節、この世に別れを告げるテキストです。このテキストに対してエコーの技法を用いることで、この世の虚しさを際立たせ、まるで命に差した暗い影を演出しているかのようです。
D-B Am.B 326
ヨハン・ミヒャエル・バッハ(1648-1694) 「わたしは知っている、わたしの贖(あがな)い主は生きておられると」
Johann Michael Bach "Ich weiß, daß mein Erlöser lebt"
ヨハン・ミヒャエルは一族の他の音楽家と同様に、オルガニストとしても活躍した人物ですが、このモテット「わたしは知っている、わたしの贖(あがな)い主は生きておられると」は彼のコラール・プレリュードを思わせるような作法で書かれた作品です。
5声部のこのモテットの中で、引用されるコラール「キリスト、私の命」はソプラノに長い音価で現れます。下4声はそれに対して、コラールの歌詞ではなく聖句、ヨブ記の19章から引用されたテキストを歌います。ヨブ記はこの時代、葬儀や追悼式において好んで用いられたテキストでした。葬送モテットを数多く作曲したH. シュッツも、彼の大作『音楽による葬儀』の中で使用しています。
下4声(アルト、テノール1、テノール2、バス)はほぼ一貫してホモフォニックに作曲されているため、あたかも4声体のコラールのように響きます。実際ソプラノのコラール旋律が導入されるのは17小節目からですので、この曲の前半部分はカンツィオナル形式(4声体で最上声部にコラール旋律のある形式)のコラール風の作品として聴こえます。聴衆の耳がこの作品をそのような4声体の作品と認識した頃に満を持してソプラノがコラールを歌い始めるので、その効果はかなりドラマチックです。全体としては静謐なこのモテットに目の覚めるような仕掛けを組み込むところに、個性的なバッハ家の作曲技法の煌めきを感じます。
(2ページ目、コラールの導入される箇所)
D-Bsa SA 5146, Faszikel 1
ヨハン・クリストフ・バッハ(1642-1703)?/ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)? 「私はあなたを離さない、あなたが私を祝福してくれるまで」
Johann Cristoph Bach / Johann Sebastian Bach? "Ich lasse dich nicht, du segnest mich denn"
ヨハン・クリストフはヨハン・ゼバスティアン以前のバッハ一族の音楽家の中でも最も重要とされている人物です。彼はいとこであったヨハン・アンブロジウス(ヨハン・ゼバスティアンの父)とアイゼナハ公宮廷楽団において同僚でした。ヨハン・ゼバスティアンがアイゼナハを去る10歳までの間に、彼のオルガンの基礎的な素養を授けたのはこのヨハン・クリストフではないかと言われています。
ヨハン・クリストフの作風は大変大胆で、そのため彼の作品がヨハン・ゼバスティアンの作として伝承されることもありました(『サラバンドと12の変奏』など)。このモテットもヨハン・クリストフの作であるか、ヨハン・ゼバスティアンの作であるか、現在もはっきりしていません。
このモテットの手稿譜はC. P. E. バッハが父の遺産を引き継いだ際には、作者が書かれない状態で「古いバッハ家の史料集」に収録されていました。ところが次の持ち主にこの曲集が渡ったときにはヨハン・クリストフの名前がその表題に記されています。
この手稿譜はヨハン・クリストフの手によるものではなく、ヨハン・ゼバスティアンとその弟子の手によるものです。しかも不思議なことにヨハン・ゼバスティアンはこの楽譜の最初の数小節と、最後の数小節を記入しています。はじめに楽譜の体裁を示すために彼が書き始め、残りを弟子に任せたのだとしたら、最後にまた彼が筆写を交代した理由はなんだったのでしょうか。原本が解読不能だったため彼が解読、あるいは一部創作したのではないかという説もありますが真相は明らかになっていません。
ヘ短調という調性、第2セクションの下3声の扱い方などはヨハン・ゼバスティアンの作風を思わせます。逆に第1セクションのシンプルな2つの合唱の交代などはどちらかというとヨハン・クリストフを思わせます。D. メラメドは資料と様式の両面から、またこのモテットにはJ. B. リュリのオペラ「アルミード」のガヴォットからの引用が見られ、その楽譜をヨハン・ゼバスティアンが手に入れていたという点から、このモテットはヨハン・ゼバスティアンの作であるという立場を取っています。
以下に動画を貼っておきます。ぜひ聴き比べて見てください。
J. B. Lully "Gavotte" from Opera "Armide"
J. S. Bach? "Ich lasse dich nicht"
どうでしょうか。似ているような気もしますが・・・。
このモテットは1802年に初めて出版されましたが、その際第2セクションで登場したコラールの4声体の編曲が付け加えられました。これはC. P. E. バッハが伝承したヨハン・ゼバスティアンによるコラール「なぜ悲しむのか、我が心よ」の移調版です。作曲者がこのコラールを最後につけたという根拠は何もありませんが、ともあれこのコラールは間違いなくヨハン・ゼバスティアンの真作です。それもこのコラールにつけられた歌詞は、通常の歌本には載っていない謎のテキストです。このことも、謎の深まるこのモテットの最後にふさわしいのではないかと思い、今回はこのコラールも一緒に演奏することにいたしました。
次回はいよいよJ. S. バッハ作曲「イエス、我が喜び」BWV 227についてです。
お楽しみに!
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【Salicus Kammerchor第4回定期演奏会】
5月20日(日)14:00開演@台東区生涯学習センター ミレニアムホール
5月23日(水)19:00開演@豊洲シビックセンター ホール
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