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第48回 J. S. バッハのモテット|各曲概説②

J. S. バッハのモテット全曲演奏会に向けて、曲目解説をしています。

こちらに載せているのは概説です。より詳しい解説をご覧になりたい方はぜひ演奏会場に足をお運びください。

全20ページの力作プログラムをお配り致します。



 

「御霊は我らの弱きを強め給う」 BWV 226

“Der Geist hilft unser Schwachheit auf” BWV 226


 二重合唱によるバッハのモテット「御霊は我らの弱きを強め給う」はバッハの他のモテットにはない特徴を二つ持っています。


 一つは成立年代と使用機会が確定している唯一のモテットであるという点です。このモテットは1729年10月20日に行われた、トーマス学校長ヨハン・ハインリヒ・エルネスティの埋葬のために作曲されたと、バッハの自筆譜に記載があります(下図:BWV 226のタイトルページ)。他のいくつかのバッハのモテットも葬式や追悼式のために作曲されたと推測されるものはありますが、確実にわかっているのはこの作品のみです。




 もう一つは、器楽によるパート譜が残されている唯一のモテットであるという点です。第一合唱には弦楽器(ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ)が、第二合唱には木管(オーボエ2、ターユ、バソン)が合唱を全く重複する形で記譜されています。他に「ヴィオローネ(コントラバスの前身)と通奏低音」(下図)と、オルガンのパート譜が残されているため、少なくともヴィオローネ以外にも通奏低音を演奏した楽器があったようですが、具体的に何の楽器であったかはわかりません。このパートも合唱のバスの声部を重複しますので、この声部は合唱バス、チェロ、バソン、ヴィオローネ、何らかの通奏低音楽器、オルガンという大編成であったことがわかります(今回の演奏会では楽器を重複せず、通奏低音にはオルガンとヴィオローネを用います)。



 エルネスティの死が突然訪れたため、バッハにはこのモテット演奏のためにリハーサルも含めわずか4日しか猶予がありませんでした。そのためこのモテットの一部(第1部と第2部)が既存のカンタータ楽章のパロディではないかとする説もあります。ですがたとえそうであったとしても、たった4日でこれだけ大規模なモテットの作曲と演奏をやってのけたということは十分驚嘆に値します。

 このモテットは一般に、大きく4つのセクションに分かれています。しかしそのことに疑問の余地がないわけではありません。


 今日一般に演奏されるやり方では、第4部はコラール「聖なる熱情、甘き慰め」です。このコラールはバッハの自筆スコアには記譜されておらず、ただ「コラールが続く」とだけ書かれています。実際にこのコラールが記譜されているのは歌のパート譜のみで、歌を重複する器楽のパート譜にも記譜されていません(第3部の後に “fine”「終わり」という文字が書かれています。(下図))。このことから、このコラールはこのモテットに引き続いてすぐに演奏されたのではなく、別の機会(例えば埋葬の時)に演奏されたとする説が有力なようです。

 今回はこの説を採用し、第3部のフーガまでを演奏いたします。



 

「私はあなたを離さない、あなたが私を祝福してくれるまで」 BWV Anh. 159

"Ich lasse dich nicht, du segnest mich denn" BWV Anh. 159


 このモテットは、バッハ一族の声楽作品を集めた「古いバッハ家の史料集」に含まれています。19世紀の編集者の考えで、ヨハン・ゼバスティアンの父のいとこであるヨハン・クリストフの作であるとされていたこともありましたが、史料の状況からは誰が作曲したのかはっきりとはわかりません。ただ、ライプツィヒの資料を手にすることのできた編集者の考えや、演奏記録、また様式の面からヨハン・ゼバスティアンの作品である可能性が非常に高いとされています。様式の面から、D. メラメドは作曲時期を1713年の夏だと推定しています。


 このモテットの構造は、"Fürchte dich nicht" BWV 228と非常に似通っています。8声の歌い交わしによる第1セクション、コラールをソプラノに置き、聖句をテキストに持つ下3声が対位法的にコラールを支えるということが共通しています。このことを理由にこの2曲がバッハの初期の作品であると考えられています。


 バッハの死後1802年にこの作品を含むモテット集が出版されますが、その際C. P. E. バッハが伝承したヨハン・ゼバスティアンによるコラール「なぜ悲しむのか、我が心よ」の移調版が付加されましたが、明らかにこれはバッハの意図ではないので、今回は演奏いたしません。


 

「イエス、我が喜び」 BWV 227

“Jesu, meine Freude” BWV 227


 この作品はテキストの内容から葬送行事のために書かれたようですが、郵便局長キース婦人の追悼行事のためとする従来の推論は信憑性に乏しいようです。この日の説教に使われた聖句はこのモテットの中心的なテキストではありませんし、この行事の式次第にはこのモテットのことも、"Jesu, meine Freude"のコラールが歌われたことも書かれていません。

 使用機会はわかりませんが、全11楽章にも及ぶ大規模な作品であること、コラール全6節の間に5つの聖句が挿入され、シンメトリックな構造(下図)が作られていることなど、バッハのモテットのレパートリーの中でも異彩を放つ作品となっています。



 このシンメトリーの中心は第6曲の5声による大規模なフーガです。冒頭と終曲は同一の音楽で、第10曲は第2曲の短縮形です。これらがシンメトリーの大枠をなし、中間部分は「カンツィオナル形式→3声のポリフォニー→コラール変奏」が3曲ずつ組みになったペアが中心の第6曲の前後に配置されています。

 このようなシンメトリー構造はバッハの他の作品でも見られ、ロ短調ミサのクレド、ヨハネ受難曲の第2部、カンタータ第4番などがその例として挙げられます。

(櫻井元希)


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【次回演奏会】

Salicus Kammerchor第5回定期演奏会

 ​J. S. バッハのモテット全曲演奏会

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